毒親という言葉があります。DSMという心の病気のマニュアルにも記載されている愛着障害、パーソナリティ障害や、アダルトチルドレンの原因になるとも考えられています。
心理的な課題はどれも解決が簡単ではないことが多いため、来談する方にはできるだけ過剰な期待を持たせないよう心がけています。ただ、母娘関係に限って言えば、当室で多くのケースで解決しており、「専門分野、得意な分野を挙げてください」と言われたら、母娘関係を挙げることができます。
「毒親」で検索すると、数千万件のページがヒットしますが、この言葉はテレビでは目にすることがありません。これは毒親世代にあたる50~60代女性が最もテレビを視聴する層であることによると想像しています。
毒親にも様々なタイプがありますが、その一つが過干渉で支配的な親です。
そんな支配的な母親の元で育ったBさんのケースを見ていきましょう。
Bさんは幼い頃から、母親に、周りの人に評価されることを求められました。学校で好成績をおさめること、近所の人や親族に礼儀正しく振舞うこと、笑顔で愛想よくいることなどを期待されました。Bさんはそんな期待に応えようと常に努めてきました。
ときどき母親の意に沿わないような振る舞いをしてしまうと、強い言葉で否定したり、あるいは落胆して嘆きました。母親に「あなたのせいで私はつらい思いをしている」と怒られ、罪悪感を感じていました。ときには「あんたにいくらかけたと思っているの」と言われたこともあり、心の中では「私はそんなお願いしていない」と思いましたが、もし口に出せば余計に母親はヒステリックになるだけなので、ただ黙っていました。こうしてBさんは感情を表に出さないようになりました。
Bさんは、よく勉強に取り組んだ甲斐あってそれなりによい成績をとり、教員にも褒められ、周りの友達から嫌われることもなく過ごしました。
Bさんが東京の有名な大学に合格したことは、Bさんにとってはもちろんですが、母親にとっても大きな喜びでした。母親にとってBさんの成果は、母親の手柄であり、母親が周囲からの評価される手段でもあります。母親は、Bさんが将来どんな相手と結婚するかも気にしています。
Bさんが思うに、母親は情緒が安定していませんでした。Bさんが同じことをしても、母親の機嫌がよいときはニコニコしており、機嫌が悪ければ罵られました。Bさんは、怒られるたびに「自分が悪い」と思いはしましたが、実際のところ自分の何が悪いのかは理解していませんでした。とにかく怒るのをやめて欲しい、とただ願うばかりでした。Bさんにとって母親は、突然吹き荒れる理不尽な台風のような存在でした。
母が感情のコントロールを失った時、娘がその被害者にならないように守るのが父の役割の一つです。しかし、Bさんの場合、その父性が発揮されることはありませんでした。
母親の根底にあるのは、母親自身の人生そのものに対する不満でした。もっと勉強ができたら、もっとお金があったら、もっと素敵な人と結婚していたら…
そういった不満を解消するために、母親自身が自分のために努力するのではなく、娘であるBさんに背負わせていました。母親にとってBさんは、期待の娘であると同時に、自分の人生の悔いを晴らすための存在になっていました。
母親は、Bさんの服から進路まですべて決めていたので、Bさんは自分で意思を持って決めることが苦手です。20代になっても、他人の顔色を伺って、自分の意見を上手く主張することができません。自分の内側から意思が湧いてこないのです。もし自分で何かを決めようとしても、どこか母親の顔がよぎります。
人間関係も距離を置きがちで、面倒になるくらいなら少し距離があるくらいがちょうどいいのです。それに、自分の本音を言ったらきっと嫌われてしまうと思っています。
母親はしばしばBさんに連絡を取ってきます。そのとき「心配してる」という形をとりますが、むしろ母親の方が不安な時に連絡をしてきます。母親はBさんに対していつも一方的に押し付けてくるのです。Bさんは母親に対して反論したこともありますが、そのたびに「あなたはわかっていない」「あなたのためを思っている」と言われ、押し切られてしまいます。Bさんは、母親に自分のことを理解して欲しいという気持ちがありますが、同時に、母親が自分のことを理解することは一生ないとも感じています。ただ、母に褒めてもらいたい、優しくして欲しいという気持ちも持ち続けています。
Bさんは、いつでも周りに気を配り、相手の期待に沿って努力します。ただ、無理しすぎてしまうため、疲れやすく生きづらさを感じています。いっそ「消えてしまえればいいのに」そんな風に思います。
自分の性格形成に母親が関係していることは、なんとなく気づいていますが、これからどうすればよいのか、途方に暮れています。親と子ですから、もちろん仲がよいに越したことはないのですが、母親を相手に嫌な思いをするのはもうどうにかしたいと思っています。
Bさんには、どのようなカウンセリングがよいのでしょうか。支配的な母親の元に育った子の場合、今まで自分が合わせようとしていた対象=母親が不安定であったため、自分の中でしっかりとした基準を持てていません。自己を確立できず本人の意思があまりないため、自分が何をしたいのかが分からず、困惑しています。Bさんは精一杯努力してきました。Bさんに責任はありません。
Bさんの場合、まずは自分の気持ちを言葉にしていくことから始めます。その後、カウンセラーと話し合いながら、親への感情を明らかにし、その上で自分の生きる道を決めていきます。
親の期待通りに生きるのではなく、誰かに依存するのでもなく、自分の意思で生きていくのです。